2020年からはじまるオートライト義務化。乗用車、小型貨物車の場合、2020年4月以降に登場する新型車全車に、基準を満たしたオートライト(ロービーム&テールライトの自動点灯)の装着が義務化されます。その背景について日産自動車でヘッドライトの開発に長く携わっている中垣仁志さんに話を聞きました。
研究所(工藤):
オートライトの義務化まで2年となりました。まずは日本におけるオートライト義務化が決まった経緯について教えてください。
日産(中垣):
実は、日本でオートライトを導入するにあたりふたつの、まったく違うアプローチがありました。まずは歴史的な話からしましょう。
オートライトに関して先行したのはヨーロッパです。ヨーロッパは緯度が高いため、日影が多くまた薄暗い時間が長いため、昼間でも常時点灯するデイタイムランニングランプが出てきました。
ところがデイタイムランニングランプはそこそこ明るいのでドライバーが夜になってもそのまま(ヘッドライトをつけずに)走ってしまうケースが増えて問題になってしまったのです。前方はヘッドライトほどではないにせよ、ある程度明るいので走れてしまうのですが、困るのはリヤ。デイタイムランニングランプのみでヘッドライトをつけないとテールライトが点灯しないので後続車が前のクルマを認識できず危険だ、という話になりました。
そこで夜になると自動的にデイタイムランニングランプが消えてヘッドライトがつき、同時にテールライトも点灯するというオートライトが義務化されることになったのです。
欧州の人は昼間から被視認性のためにライトをつけるという習慣が昔からあったので、夜になってデイタイムランニングランプだけで走ると後続車に認識されなくて危険だという流れが自然にできました。
研究所(工藤):
時代的にはいつ頃の話でしょう?
日産(中垣):
デイタイムランニングランプは2011年に欧州で装着義務化されました。
ヘッドライトのロービームを点灯させるオートライトの義務化に関しては、当初は夜になるとテールライトがつくようにする流れでした。しかしそれではよくない…ということで、夜になるとヘッドライトが自動点灯するのが義務となりました。2015年1月30日からですね。
研究所(工藤):
日本のオートライト義務化もその影響を受けてなのでしょうか?
日産(中垣):
実は、日本はそういった欧州での流れを受けて義務化が決まったわけではないのです。
交通政策審議会という、国土交通省が中心となり大学の先生やモータージャーナリストなど専門家の人たちが集まっていかに交通事故を減らしていくかという会合があります。交通事故が減っている中でもさらに事故を減らすべく「子供と高齢者の事故の対応」「歩行者と自転車の事故」「大型車の絡む重大事故」「自動運転車などの事故の対応」などについて話し合われました。そのなかで高齢者が被害者となる事故への対策として「薄暮時における前照灯(ヘッドライト)の点灯」が議題となり、高齢者が車両を早く認識するためにヘッドライトを早くつけるべきだという話につながったのです。
それを受けて、国土交通省が中心になって早めに点灯するオートライトをつけるべきだという流れになりました。
研究所(工藤):
日本における義務化のポイントはどんなところにあるのでしょうか?
日産(中垣):
最初はヨーロッパの基準をそのまま持ってきて日本でも導入しようとしました。
ところが、ヨーロッパ式はドライバーの意図でロービームではなくスモールライトにすることができます。しかし、日本でのこれまでの風潮からすると昔からのドライバーには「ヘッドライトはなるべくつけないほうが美徳」みたいな考え方も根強くあって、ドライバーの操作でスモールライトに切り替えできる欧州式を日本でも採用するとヘッドライトを消してしまう人がいるのでは?という疑念が生まれました。
そこで日本は欧州とは違う独自の基準を導入することになったというわけです。「夜になったら走行時はドライバーの意図ではヘッドライト(ロービーム)を消せない」という基準です。
そうはいっても信号待ちで対向車を眩しくする際など停止中にはヘッドライトを消せるほうがいいのではないか? という声もあり、走行中はヘッドライトの点灯が必須だけど停止中などは点灯しないようにもしていい、という条文が入っています。そのロジックは各自動車メーカーの違いが出てくるでしょうね。
研究所(工藤):
新しい基準のオートライトはどのくらいの明るさでロービームが点灯するのでしょうか?
日産(中垣):法規上で言うと1000ルクス未満なら点灯しないといけないことになります。現在の欧州車と同等のタイミングで点灯ですね。我々が「おもいやりライト運動」で推奨している夕暮れ時には必ず点灯することになるでしょう。
研究所(工藤):
1000ルクスとはどのくらいですか?
日産(中垣):
イメージで言うと、街路灯が点灯するタイミングがだいたい1000ルクスですね。感覚的には「運転するにはまだ暗くはなっていないな」と感じる明るさです。
研究所(工藤):
オートライトの義務化以降は、完全にヘッドライトをオフするスイッチはなくなるのでしょうか?
日産(中垣):
エンジンをかけてから走り出すまではヘッドライトをつける必要はないので、その間はオフにできるスイッチをつけることになると思います。たとえば、日本ではもう常設はないのですがエンジンをかけたまままのクルマで映画を見る「ドライブインシアター」などではヘッドライトを消せないと困りますよね。
オフにする方法については、各自動車メーカーがいろいろ考えてくると思います。たとえばスイッチで「オフ」にするとライトが消えるけれど、走り出すと「オート」に戻るとか。ギヤポジションやサイドブレーキから判断するメーカーもあるかもしれません。
研究所(工藤):
逆にオートライトが自動点灯していなくても、任意にヘッドライトをつけたほうがいいシーンも考えられますか? 任意でヘッドライトを点灯するスイッチも残るのでしょうか?
日産(中垣):
昼間に強制的につけたい人もいるでしょうし、暗くなくても雨の日はつけたい人もいるでしょうからオートライト義務化後も任意でヘッドライトを点灯するスイッチは無くならないと思います。
ちなみに2020年からはじまる日本のオートライトの基準は「雨が降って来たらオートライトでヘッドライトをつけてもいい」と明文化されているので、日産車が現在盛り込んでいるワイパーが動くとヘッドライトが点灯するという仕掛けは今後も組み込まれるでしょう。
研究所(工藤):
オートライトを活用するにあたってヘッドライト技術者として伝えたいポイントを教えてください。
日産(中垣):
オートライトが義務化されたらクルマが自動で判断してくれて、暗くなったら程よい時にライトつきますよね。クルマ任せで大丈夫になります。でも、義務化されたからといって道を走るすべてのクルマがすぐにそうなるわけではない。
私は新しい基準のオートライトが完全に普及するまでの間が大切だと思っています。
いままでつけるのが遅かった人も「まわりがついているからつけないとね」と感じ、「ヘッドライトをつけないとね」という意識を持って早めにつけてくれるようになることを期待しています。
今回のオートライト義務化で何かが変わるかといえば、「気持ち」でやっていたことを「クルマが自動で」やってくれるようになるだけ。それを、新しい基準のオートライトを装着したクルマが増えることで、それ以外のクルマに乗っている人も含めて早期点灯を周囲に波及させていくことが大事だと考えています。
研究所(工藤):
オートライトの義務化にあたり、日産として法規を満たす以上のことも考えているのでしょうか?
日産(中垣):
日本で、雨天の作動許可を足したのは日産からの働きかけなのです。欧州では明文化されていないのですが、日本では文字でしっかり書かれていないと判断が難しくなることはあるので、条文にしっかり加えて頂きました。「悪条件だったら暗くなくてもつけてもいいですよね?」と理解してもらったのです。
雨が降っているときの照度を計ってみると、意外に明るいこともある。だけど雨が降っていると視界は悪くなる。傘をさして周囲が見えにくくなっている歩行者に、ライトがついていることで地面への光の反射などからもクルマの存在に気付いてもらえることを狙い、雨の日は暗くなくてもオートライトを点灯させたほうがいいと日産は考えています。
この考えは、他社さんにもどんどん取り入れてもらっていいと思いますよ。安全性を高めることですから。
研究所(工藤):
いちばん大切なのは、なにより安全ですからね。
日産(中垣):
「つけることはいいことだ」という意識をみなさんに持ってほしいですね。「自分が見えるからつけなくてもいい」という考え方を改めて、安全のために点灯することを理解してほしいと思います。
本来ならドライバーを啓発して自分自身でしっかりライトを点灯できればいいのですが、昨今はクルマに興味のない人が増えたりなかなかそこまでしてもらうのは難しい。そこで機械でやりましょう、というのが今回の流れのひとつですね。
研究所(工藤):
自動車メーカーとして、今後のヘッドライト開発で重要なことを教えてください。
日産(中垣):
我々の立場からすると、ライトのデザインも頑張らないといけません。
カッコいいライトをクルマにつけると点灯してもらえる率が高くなるからです。思わずつけたくなる、光っているところを人に見せたくなるようなライトをクルマに備えていくのも我々の役割ですね。
同時に、キレイに光りつつ消費電力の低いヘッドライトの開発も求められています。
<ヘッドライト早期点灯研究所 聞き手>
●工藤貴宏
自動車雑誌編集を経て、モータージャーナリスト、自動車ライターへ。新車紹介や試乗記事を中心に雑誌やWebに寄稿する。年間試乗台数は250台。「車は誰を幸せにするのか?」をテーマに独自の切り口でクルマを評価する。おもいやりライト運動には2012年から参加。
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